フォトグラファー、アダマ・ジャローが見据える景色

フォトグラファー、アダマ・ジャローがその名を知られるきっかけとなったのは、自身の人生をつまびらかに切り取った作品だった。彼女がレンズを向ける先に見える景色とは?

「それをGCSE[訳注:イギリスの義務教育修了時に課せられる試験]のテーマにしたの。当時の先生が熱心に応援してくれたから」とアダマ・ジャロー(Adama Jalloh)は話してくれた。「そのころから、写真を撮ることがすごくおもしろくなってきたの。思いつく限りのものを撮ったわ。友達、家族、静物……」。16歳のときに両親にカメラをプレゼントされた彼女が、サウス・ロンドンにある黒人向けヘアサロンのプライヴェートなポートレイトシリーズ“Identity”の制作を始めたのは、アーツ・ユニヴァーシティ・ボーンマスの2年生だったころだ。次のシリーズ“You Fit the Description”では、〈ブリティッシュ・ジャーナル・オブ・フォトグラフィ〉の新人賞を受賞。22歳のときのことである。

ジャローがそのレンズを向けるのは、イギリスの黒人社会。写真に言葉を語らせるための道具としてカメラを駆使することで、警察のひどい検閲や捜査の実態を暴き、使い古されたステレオタイプを払いのけ、そして何よりも素晴らしいことに、ペッカム地区にあるライ・レーンの日常を讃えたのである。「アイデンティティーのようなものや、私の周囲にあるその他のものから目を背けるなんて、難しいわよ。特に今はね」と彼女は言う。「黒人コミュニティに着目するというのは私の作品の一部だし、それを無視できるとも思わない。だってそこは私が育ってきた場所だもの。ただ、正直で純粋なイメージを見せたい。たとえそれが一番シンプルなものであったとしても」

ポーズをとらせずに撮影したそのストリートフォトは、同じようにリラックスな雰囲気に満ちた昔のドキュメンタリー写真やポートレイトを彷彿とさせる。そしてまた彼女の写真には、被写体への愛情があふれているのだ。詩人のシアナ・バングラ(Siana Bangura)やアボンダンス・マタンダ(Abondance Matanda)、〈NON Records〉のンキシ(Nkisi)、〈Nii Journal〉のキャンベル・アディ(Campbell Addy)などのポートレイトからも見てとれるように、ジャローの作品は多くのものを私たちに伝えながら、温かさと親愛の情に満ちあふれている。そこが、現代の他の作家と違うところなのだ。

リズ・ジョンソン・アルトゥール、ジェームズ・バーナー、メアリー・エレン・マークやセイドゥ・ケイタなどのような重鎮の写真家から、ローナン・マッケンジー(Ronan McKenzie)やルース・オッサイ(Ruth Ossai)、アンドレ・D・ワグナー(Andre D’Wagner)といった同年代の作家まで、幅広く影響を受けてきたというジャロー。こうした表現の数々が、その作品にとってだんだんと重要になってきたのだろう。「3年前にリズ・ジョンソン・アルトゥールの作品を見て、私自身がどういうポートレイトを撮りたいのかということをもっと本気で考えるようになったの」そう彼女は説明する。「被写体が自分をどう見せたいのかよりも強くね。写真って、だいたいその両方を表現するものだから」

最近では旧来のフィルムカメラへ傾倒する者が増えているが、ジャローはその動きに乗っていないことを認めている。学校でも暗室での実習に苦労したのだという。「けっこうな数のフィルムを使ってやってみたけど、ほぼ全部に何も写ってないの。しばらくやる気がなくなっちゃったわ」。求められる技術をどうにか身につけてからというもの、彼女はアナログ写真がもつ美しさ(例えばその深みある表現力)に引き込まれるようになった。モノクロ写真を好むという傾向にも、それが表れている。彼女が「もう癖みたいになっちゃった」というその技法こそ、先達の写真家たちがもたらしたものなのだ。「モノを白黒で表現するのにはもう慣れ親しんでしまったけど、折に触れてこう考えるようにしているの。『これ、もしかしたらカラーの方がいいんじゃないか』って。他の方法も忘れないように、心がけているのよ」

正直で純粋なイメージを見せたい。たとえそれが一番シンプルなものであったとしても。

自身の表現にはコラボレーションが不可欠だと考えるジャローは、おもに故郷のサザーク地区やその近隣に位置するルイシャム地区出身の被写体と、撮る撮られる以上の関係を構築することにも積極的だ。“You Fit the Description”を撮っていたときにも、ロンドン警視庁から受けた仕打ちを若い有色人種の男性とオープンに話したのだという。「ほとんどの場合、まったく知らない人に写真を撮らせてと頼むの。恥ずかしがる人もいるけど、ほとんどの人がカメラの前でも自信に満ちているのよ」と彼女はきっぱり言ったものだ。「写真を送ってほしいと言う人もいるし、お礼の気持ちとしてプリントをあげることもあるの」

キュレーターのアシュレイ・ケイン(Ashleigh Kane)とグレース・ミセリ(Grace Miceli)の目に止まったジェローは、昨年夏にグループ展『A New Sensation』の一角を担うこととなった。これはロンドンの若きクリエイターたちの今を切り取る一夜限りの展覧会だ。そしてさらにその前の年は〈Black British Girlhood〉が主催した女性のみの展覧会で、“Identity”を展示した。女性ならではの視点から、彼女は直感的にシャッターを切る。「ごまかしはしない。ストリートフォトを撮るときに考えるのはそんなことじゃないわ。それどころか、撮影の間はちゃんと考えているヒマさえないの。だってすべてが一瞬で変わってしまうでしょう。でも、もっと時間をかけて準備しているようなプロジェクトのときは、ちゃんとそういう視点を頭に入れているわ。そうすることで結果としての作品にも重みが出てくると思うから」。

ロンドンから世界にジャローの作品を広めるため、彼女自身が選んだ写真をここに紹介しよう。よくある日常と鮮烈なポートレイトをからめたカタログからセレクトされたもので、どれもが彼女のお気に入りなのだという。「それぞれの写真が、違う方法で思い出を運んでくるの。若いときにこうだったなって私自身が思うものもあれば、こんな環境にいたなって感じるものもある。単に被写体と交流があったからっていうものもあるのよ。思うに……」。一瞬考えてから、彼女はこう言葉を継いだ。「数ヶ月前にある人と話していたんだけど、例えば何十年後かに誰かが見返してくれるような写真を撮ってみたいと思う気持ちが、どんどん増しているように思うの」

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