伝統と革新 和漢洋折衷でアート&ファッションに切り込む

水墨画アーティストのCHiNPANが初の個展「BLACK WORK」を開催し、“人体と水墨画の融合”をテーマに制作した作品を展示した。多様な植物に囲まれた会場に、CHiNPANの和紙のテクスチャーや柔らかさ、墨の色は自然界とも溶け合っている。

「墨の香りって独特でアジアっぽい」と水墨画アーティストCHiNPANは言った。チャイナドレスをカジュアルに着崩し、筆で引いたようなアイラインが特徴的。オリエンタルな顔立ちに黒髪、ちょっと謎めいた雰囲気を漂わせる彼女は墨の香りにぴったりだと思った。墨の香りは東洋的かつ爽快感もある。墨には麝香(じゃこう)、竜脳(りゅうのう)、白檀(びゃくだん)といった香料が使用されていて、心を落ち着かせる効果やリラックス効果があるので、精神集中に一役買うという。彼女にとっても、墨の香りは作品づくりに欠かせない要素のひとつであり、特に墨をする作業は精神統一と感覚を研ぎ澄ませるための時間。「墨をする作業は心を鎮め、集中するモードを切り替える大切なひととき。墨の香りに包まれながら静かに、絵を描くテンションへと自分の意識を集中させます。なぜか墨以外で描くときは、そういうプレッシャーを感じないんですけどね」と墨が持つ力を説明する。

「BLACK WORK」の会場となった南青山SPOON BILLは、フラワー・ボカニカルショップだが、通常の花屋とは一線を画す、異色の雰囲気が漂う。花はもちろん、南国風の草木やサボテン、盆栽、そして天井からはダイナミックな流木が垂れ下がり、陶器やガラスでできた個性的な鉢たちがところかしこに並ぶ。自然界では共存し得ない植物が、ひとつの空間で生きていてなんとも不思議なのだ。植物の持つ特徴的なシェイプと、植物が放出するとされる成分フィトンチッドが、訪れる人に開放感と癒しをもたらす。そんな店の雰囲気にぴったりとはまっているCHiNPANの作品たち。生き生きとした虫や鳥をモチーフにした絵が、モデルの体や顔のいたるところにタトゥーのように描かれていたり、ときには被写体の肌に鱗を加えたり。美しく、また日本画のようなおどろおどろしさをも感じさせるボディペイントは、モノクロの写真におさめられ、和紙に落とし込まれる。

コンテンポラリーアートや絵画が身近になり、日本の伝統的な芸術に触れる機会は少なくなったように感じる昨今。彼女の絵を特別とさせているのはは水墨画独特の濃淡や潤いを表現しつつ、肌に直接絵を描いたり、写真を和紙にプリントするなど、これまでにない表現の数々だ。「以前、日本舞踊を習っていたこともあって、日本古来の文化に触れすぎていたからか、なんとなく和物を描くのが嫌いでした。でも水墨画って、基礎ありきの応用で技術がなければ描けません。水墨画の基本は模写なので、楽器や習字と同じで、同じ絵を何度も繰り返し描きます。感覚を掴むことが重要で、滲み具合いを同じように出す練習や、さまざまな技術を取得していくことが大切。技術を磨いていく一環で龍や牡丹を描けるようになるんです」。幼い頃から絵を描くことが好きだった彼女は、9歳のときに水墨画に出会う。「小学校の美術の先生に筆と墨と和紙を渡されて、“水墨画をやってみては?”と勧められて始めました」。オイルや水彩にもトライしたが、水墨画が1番楽しかったのだという。「せっかちな性格なので、油絵や水彩画は乾くのに時間がかかるので嫌でした。墨ってすぐに乾くんです。一発勝負というか、すぐに完結できるのでそこが魅力的でした」。そうして彼女は本格的に技術を取得していく。「近所で吉田華環先生が水墨画を教えていたので、そこに通い始めました。筆管を紙に対して垂直に立てて描く直室方法、線やぼかしで形を表現する方法など、水墨画に必要な技法を学びましたね。練習を重ね、取得できたらそれを派生していき、新しい作品を作っていくんです」。

「水墨画家になることを本格的に目指していたわけではなかった」という彼女は、専門学校進学をきっかけに教室を離れる。水墨画をやめ、大学生活を送っていたが、水墨画を再び始めるチャンスが訪れたのだ。「たまたま書家美帆さんと知り合い、一緒に何か作りたいと誘われました。私が20歳のときでしたね。それ以降、字と絵を融合したコラボ作品を作ったり、イベントでパフォーマンスしたりしていました」。そこから彼女の水墨画アーティストとしてのキャリアがスタートし、最近ではフォトグラファーやさまざまなアーティストとタッグを組んで作品作りを手がけたり、新たな領域に足を踏み入れている。

今回の個展では東京発ファッションブランド「PERVERZE」との作品の数々も陳列されていた。「初めてファッションブランドとコラボをしました。私から声をかけたんですけど、人体と水墨画の融合の企画を持って行きました。今までの作品は基本的に服を着せていないものが多いんです。でも今回は服ありきなので、ボディペイントの主張が激しすぎてはいけないし、バランスを一番気にして作って行きました」。コラボレーションのTシャツとライダースジャケットを制作したほか、彼女を含めた制作チームがキャスティングしたという今注目のアーティストやモデルを撮り下ろしたオリジナルのZINEも販売するなど、積極的に挑戦する姿勢が見える。

制作過程については「繰り返し同じ絵を描き、練習を重ねて完成させます。満足いくまで描き続けますね。水墨画は一発勝負なので、後から修正を加えることはありません。とはいえ、失敗したとか間違えたとか思うことはなく、思っていたのと違う墨の染み具合いも逆に良かったりもするんですよね」。彼女の作品の高い完成度の裏には苦悩もある。「どんなに描き重ねても納得いかないときもあります。最近苦戦したのはアイドルの似顔絵。特徴を掴んでさらりとかける子もいれば、『なんか違う』と感じる子もいました。その違和感を払拭するまで何十枚と描きましたね。『なんとなく違う』の何が違うのかがわからないんです。でも、とにかく何か違くて」

「墨は肌に浸透しないのでボディに描くときは筆ペンを使い、和紙に描くときは墨を使ったり、墨汁を使ったり。ガラスに描くときもあるので、その時その時によって道具を使い分けています。今回の写真にオーガンジーを重ねた作品は、絵を紙に描いてスキャンし、布にプリントしたんです。はじめはオーガンジーに直接描いてみたんですけど、滲んじゃってうまく描けなかったので」。新たなアイデアを制作する度、紙の種類から墨、プリントなどベストな手法を探す。作品づくりのヒントとなるのは、音楽や海外のアニメなど、意外なものから得ている。「水墨画とはミスマッチなものからインスピレーション受けて、それをオリジナルにアレンジしたりします」

絵を描くときには、テレビやDVDをつけている。「似顔絵描いているときにアニメ見ながら描くこともありますが、どちらかというと“音”を聴きながら描くことが多いかな。映画やテレビなども、聴きながら想像力を働かせていますね」。感性や想像力を日常的に働かせ、東洋と西洋、古典的なものと現代的なものといった異色の組み合わせを作品に落とし込んでいるに違いない。

「人体に書くのは女の子に描く方が好き」と話す彼女。「ポージングや見せ方、アドリブ、パフォーマンスなどから、女性ならではの柔らかさを表現できるのでとても楽しいんです。昨年開催したグラビアアイドルや女優のからだにペイントを施した『女優展』では、チーム全員が女の人だったんです。被写体、企画者、フォトグラファー、そして私。ヘルシーなエロさを表現できたり、女性だけのチームだからこそ出来上がった良さがありましたね。これまで女性だけで作品づくりをしたことがなかったので、トライしてみておもしろいなと思いました。また何かやりたいですね」。彼女の頭には描きたいものが溢れている。もっと上手くなりたい。もっと練習して、技を磨きたいですね。自分のやりたいことと技術が追いつかないことが多いので、もっと土台をしっかりと固めなきゃと実感しています」

梅雨に入ったこの日の天気は晴天。「この時期が好きです。湿気と繁華街の食べ物の香り入り混じった、独特な香りがするので。東京も、アジアの一部なんだなと感じる季節です。やる気も出るし、何よりテンション上がります」。今年も彼女の作品意欲を奮い立たせる季節がやってきたようだ。

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