プロップスタイリスト ケイコ・ハドソン、静物撮影に革命をもたらすクリエイティブマインド

商品や物を主役に静物撮影する、いわゆる“ブツ撮り”の概念を覆すべく、新たなアプローチを模索し続けるプロップスタイリスト・アーティストのケイコ・ハドソン。これまでにない、豊富なアイデアや意外なものをさまざまな形で表現する新進気鋭クリエイターだ。

「プロップスタイリスト」という職業に馴染みがない人も多いかもしれない。化粧品や文房具、スイーツをテーマにした雑誌のページや、イケアに飾ってあるユーモア溢れる広告写真などを思い出して欲しい。そういった静物を撮影する際に、小道具やメインのアイテムを使用し空間デザインを手がけ、世界観を表現するのがプロップスタイリストである。ケイコ・ハドソンは、プロップスタイリスト、セット・デザイナー、そして時にはビジュアル・ディレクターとして国内外で活動する女性クリエイターだ。

「感覚のスティルライフ 嚔」(2016)

ハドソンがプロップスタイリストとして活動しようと思ったきっかけは、イギリスに留学していた頃だという。「脱サラしてイギリスに留学しました。帰国後のビジョンは会社員ではなく、何かクリエイティブな仕事をしたいと思っていて」と、環境を変えるため大きな決断のもと渡英した。そんな彼女の言葉からは、ある種の覚悟が感じられる。日本の美術大学を出て、コンテンポラリーアートに傾倒したハドソンは留学中、強く興味を魅かれるものに出会う。「何気なく海外の雑誌を手に取り、まず驚いたのは、ページの作り方や写真の撮り方。クリエイティブな写真を見て、カルチャーショックを受けましたね」。海外には情報を入手するための雑誌ではなく、世界観を表現するインディペンデント雑誌が多く存在する。「その頃ちょうど、おしゃれかつ面白いブツ撮りが流行っていたんです。雑誌は人物ありきだと思っていた概念を覆すような『ファッションと食べ物』の組み合わせや、『動物とアート』といった異なるものたちを絡めた意表をつくアイデア作品が溢れていました」。当時の日本には、まだ浸透していないクリエイティブなビジュアルワークに力を入れている雑誌に魅せられて、「私もやってみたい!これを日本に持ち帰り、ブツ撮りの面白さをもっと追求し、表現していきたい」という創作意欲に駆られたのだという。そしてハドソンは、日本に帰国後、早速行動に移す。

「ヽ(´o`;Miracle_Tokyo) (2016)

「右も左も分からない状態だったので、まず面白い作品のクレジットをチェックし、どんな仕事スタイルなのかを一人一人リサーチすることから始めました」。自分でリサーチし、調べ上げ、答えを見つけ出していく。手探りながら、1つ1つ階段を上っていく感覚だ。「彼らのユニークな作品にも驚きましたが、プロップスタイリストという職業がしっかりと成り立っていることに驚きましたね」。インスピレーションを受け、楽しみながらもこれから先の彼女の人生に関わる大切な情報や知識を自分の力で身につけていく。「帰国後、初めはフォトグラファーの知り合いも少なく、写真の撮り方も知らなかったので、雑誌やネットで見つけたビジュアルから着想を得て、見様見真似で制作したものを自分で撮影し、インスタグラムに1日1枚写真をアップしました」。彼女は好きな作品をもとに、独自のアレンジを加え、日本でしか手に入らないアイテムなどを盛り込んだ。「そのうち、雑誌のエディターやフォトグラファーが連絡をくれ、一緒に仕事をするようになりました」

彼女の人生に大きな転機をもたらした人物がいる。その名は、Pietro Cocco(ピエトロ・コッコ)、イタリアを拠点に活動しているフォトグラファーだ。「テイストや方向性が一緒」と、クリエーションに関して信頼を置く存在だ。ピエトロを見つけたのも彼女自身。「帰国後、誰のアシスタントにつき、誰からアドバイスをもらえばいいのかわかりませんでした。同世代で今頑張っている人をリサーチしていたら彼を見つけ、すぐにコンタクトをし、ミラノに1か月弱の期間インターンすることに。彼はハイブランドやカジュアルブランドのコマーシャルなど、仕事を多く受けている時だったので、色々勉強になりました」。彼女は行動力に満ち溢れ、自分の道は自分で切り開いていく大きなエネルギーを持っている。そして何より楽しんでいるから聞いていて飽きない。「帰国しても彼とはコンタクトをずっととっています。私たちそれぞれが持つ文化の違うテイストをシェアし合っています。一緒に作り上げ、刺激し合う間柄ですね」

「ヽ(´o`;Miracle_London(2016)

「レタッチを加える前提で撮影現場は進んで行く」と話すハドソンの言葉からわかるように、一見シンプルに見えるブツ撮りは実はとても複雑。フォトグラファーの技術や知識はもちろん、プロップスタイリストの表現力と豊富な経験、知恵も大いに影響する。そして何より作り手の機転の効くアイデアも重要なのだ。ハドソンは「インターンを務めていた時も、プロップスタイリストになろうと思って学んでいたのではなく、カメラの使い方や撮影の仕方に注目して勉強していた。物の置き方やライティング、レタッチなど、知識が増えれば増えるほど私の表現力が広がるので。この素材は写真にどう映るのか、ものの特徴やテーマによってもベストな見え方は違います。十人十色ってよく言うけど、それはブツ撮りも一緒。なので、自分でも常に勉強しています」。また彼女は、「家でも常に『あ。この光面白い』とか、『このリフレクションを使って今度キューブを作ってみよう』とか思いを巡らせています。料理もすごく好きなので、何気なく食べているのではなく、『このスパイスがこのタイミングで効いてくるんだ!』って驚いたり、面白いと感じたり」と常に感覚を磨いている。

表現する面白さに魅了され、自分らしさを追求するハドソン。中でも印象的なビジュアルの1つは、ピンクの背景にUFOのようにケーキが空中を泳いでいる作品だ。「これはとある雑誌の春号の、アイスケーキを使用した撮影だったのですが、春ピンクの背景というのは決まっていて。普通のケーキとアイスケーキの差別化に着目しました。外見はケーキもアイスケーキもあまり変化はないのですが、ケーキを切った時の断面を見てみると、その違いは明らかなんですね。なので、断面を見せて、少し溶けているのもポイントです。ものの特徴は絶対にいつも考えています。生(リアル)なものを扱うのは好きです。1つとして全く同じものはないので魅力的。生を取り入れることによって、逆にフェイクっぽく見えたりもするんです。見ている人に、本物かフェイクや見定めてもらうのも面白いし、生はフレッシュさも重要。溶けてきたりしおれてくるので、時間が限られてくるのも面白さの1つですね」

彼女の作品は色鮮やかで、遊び心にシュールさも交えた、商業的というよりはアート作品のような印象を受ける。「コンテンポラリーアートが好きなので美術を見たり、散歩しながら道端でふとひらめいたり。ネットでよくアート作品を見たり、アーティストに関する記事を読んだり、本屋にもよく行くかな」。好きなアーティストは数知れず。その中でも女性アーティストの作品に魅了されることが多いのだと話す。「女性アーティストの精神に共感することが多くて。大学でお世話になった先生がフェミニストな思想を持った先生でした。彼女から現代アートを浴びるように教えてもらい、そんな環境も影響し、自然と彼女たちのようになりたいと憧れている気がします」。そんな彼女のフェミニストなマインドは彼女のライフスタイルやこれまでの経緯、そして作品からも見て取れる。その1つが「感覚のスティルライフ」だ。

『Untitled 1』(2015)

『Untitled 2』(2015)

「洗練されていて、上品なものに魅力を感じる。パンチを効かせている作品でもやりすぎていて下品に感じるものはダメ。コンテンポラリーアートの無駄のないシンプルさの中に遊び心を加えたりツイストしたりした作品にもあるように、バランスをうまく表現したい」と表現するにあたってのこだわりを語りつつ、「常に食感や臭いを含め、撮るものの特徴を見る人に伝わる絵作りをしたい」とオブジェクトを映すこだわりについても説明する。「『感覚のスティルライフ』では、生魚とイカを使いました。絵から感じる香りや質感を感じるビジュアルを作りたいと思い、生魚の臭さを柔らげるため、柑橘系のフルーツやトウガラジを加えました。絵に爽やかさやピリッとした雰囲気、さらに煙をプラスし、香りがブレンドされる」。香りも含め、その特徴をしっかり捉えつつ、その特徴からヒントを得て、その先にある表現の可能性を模索しているのだ。アイデアの裏にも彼女の深く強い探求心が表れている。そしてもう1つ彼女が心がけていることは、「見る人に不快感を与えるものは作りたくない。不快感を与える要素があるのなら、それをどう方向転換させるか」。彼女のスタイルはそういったこだわりから確立されている。

『Sisley Japan キャンペーンビジュアル作品』(2017)

彼女の活動の基盤には、「日本のビジュアルカルチャーを変えたい」という思いがある。「もっと自由に面白く、もっとクリエイティブなビジュアルを作っていきたい。そのために、1人ではなくクリエイティブチームを作りたい」と生き生きと話す。「フォトグラファーやアートディレクターなど、テイストの合う人と組み、前衛的集団として活動したい。もっと影響力の強いものづくりをしたいんです。東京オリンピックまでにできたらいいな」と明確な目標を語る。「仕事を始めた頃の目標は、高価なアイテムやラグジュアリーブランドの最新アイテムも扱えるようなプロップスタイリストになることだった」と話す彼女だが、現在はアイテム云々よりもより良く見せる方法論を考えることで頭がいっぱい。「なかなか実現できないのですが、ロケーションでのブツ撮りがしたい。作り込んだ人工の背景ではなく、自然にある背景を使ったアプローチで、日常生活やなじみのある空間でどこまで面白いものが作れるのか挑戦したい。風や光も含め、今ある状況とプロップを融合させた新しいアプローチを試みたい」と意欲を見せる。「日本でのブツ撮りはスタジオでの撮影が基本。なので、その環境を変えたい」と現状にも言及しつつ、「今、私は面白い位置にいると思うんです。日常の中から発見する様々な物事、得る感覚を作品に落とし込んでいく。作品にゴールはなく、『もっとああしたい』、『こうしたいと』と追求していくときりがないんです。アイデアは尽きないので楽しい」。ポジティブかつエネルギッシュで、楽しみながらビジュアルを作り続ける。常に前を向いて走り続け、これからも面白い作品を生み続けていくだろう。

ケイコ・ハドソン/プロップスタイリスト・アーティスト。ファッション、コスメティックス、フードに特化したスティルライフヴィジュアル制作のディレクション、セットデザイン、プロップスタイリングを行う。広告や雑誌のほか、企業等のソーシャルメディア向けヴィジュアルのディレクション及びスタイリングを手がける。日常生活にありふれたプロップス(小道具)を用いり、モノとモノの組み合わせ方や配置のバランス構成に独自の感覚で変化を持たせることで、他にはない非日常的な世界観を作り上げている。

This Week

和洋新旧の混交から生まれる、妖艶さを纏った津野青嵐のヘッドピース

アーティスト・津野青嵐のヘッドピースは、彼女が影響を受けてきた様々な要素が絡み合う、ひと言では言い表せないカオティックな複雑さを孕んでいる。何をどう解釈し作品に落とし込むのか。謎に包まれた彼女の魅力を紐解く。

Read More

ヴォーカリストPhewによる、声・電子・未来

1979年のデビュー以降、ポスト・パンクの“クイーン”として国内外のアンダーグランドな音楽界に多大な影響を与えてきたPhewのキャリアや進化し続ける音表現について迫った。

Read More

小説家を構成する感覚の記憶と言葉。村田沙耶香の小説作法

2003年のデビュー作「授乳」から、2016年の芥川賞受賞作『コンビニ人間』にいたるまで、視覚、触覚、聴覚など人間の五感を丹念に書き続けている村田沙耶香。その創作の源にある「記憶」と、作品世界を生み出す「言葉」について、小説家が語る。

Read More

川内倫子が写す神秘に満ち溢れた日常

写真家・川内倫子の進化は止まらない。最新写真集「Halo」が発売開始されたばかりだが、すでに「新しい方向が見えてきた」と話す。そんな彼女の写真のルーツとその新境地を紐解く。

Read More

動画『Making Movement』の舞台裏にあるもの

バレリーナの飯島望未をはじめ、コレオグラファーのホリー・ブレイキー、アヤ・サトウ、プロジェクト・オーらダンス界の実力者たちがその才能を結集してつくり上げた『Five Paradoxes』。その舞台裏をとらえたのが、映画監督アゴスティーナ・ガルヴェスの『Making Movement』だ。

Read More

アーティスト・できやよい、極彩色の世界を構成する5つの要素

指先につけた絵の具で彩色するフィンガープリントという独特の手法を用いて、極彩色の感覚世界を超細密タッチで創り出すアーティスト・できやよい。彼女の作品のカラフルで狂気的な世界観を構成する5つの要素から、クリエーション誕生の起源を知る。

Read More

ハーレー・ウェアーの旅の舞台裏

写真家ハーレー・ウィアー(Harley Weir)が世界5カ国に生きる5人の女性を捉えた旅の裏側、そして、ドキュメンタリー映像作家チェルシー・マクマレン(Chelsea McMullen)が現代を象徴するクリエイターたちを捉えた『Making Images』制作の裏側を見てみよう。

Read More

『Making Codes』が描くクリエイティヴな舞台裏

ライザ・マンデラップの映像作品『Making Codes』は、デジタルアーティストでありクリエイティヴ・ディレクターでもあるルーシー・ハードキャッスルの作品『Intangible Matter』の舞台裏をひも解いたものだ。その作品には、プロデューサーとしてファティマ・アル・カディリが参加しているほか、アーティストのクリス・リーなど多くの有名デジタルアーティストが関わっている。

Read More

ローラ・マーリンが表現する、今“見る”べき音楽

イギリス人のミュージシャン、ローラ・マーリンのニューアルバムに満ちている“ロマンス”。男っぽさがほとんど感じられないその作品は、女性として現代を生きることへの喜びを表現している。

Read More
loading...