なんでもくっつく魔法のプロダクト〈スグルー〉

取り外すまでどんな場所でもくっつき続ける、変形自在のシリコンラバー〈スグルー〉。それは単なる賢い発明品であるだけでなく、修理や工作に使うなど、さまざまなクリエイションのヒントを与えてくれる。

デザイナー、企業家、エコ活動家のジェーン・ニ・ダルチャオインティ(Jane Ní Dhulchaointigh)は、ロイヤル・カレッジ・オブ・アートの学生であった2003年に、世界を変えるポテンシャルを秘めたプロダクト〈スグルー(Sugru)〉のコンセプトを思いついた。自由自在に成形可能なこの製品を完璧に仕上げるために要した研究期間は、実に6年。その後、布や陶器、金属、木材、プラスチックに至るまで、ありとあらゆる物質にくっつき、高温や低温にも耐える最終形態ーーこちらがはがすまではがれないほどの吸着性を持ったしなやかなシリコンゴムーーが完成したのだ。2009年に発売された最初の1000パックは数時間で完売。今年は、〈スグルー〉による補修1000万件突破を祝ったという。つまり、使われなくなったり、古くなったり、捨てられたりするはずだった1000万もの製品を救い、ゴミとなって土壌を汚染することを防いだのである。なんと素晴らしい功績ではないか。だが〈スグルー〉の歴史は、まだ始まったばかり。この製品は便利な粘着ゴムというだけではない。新たな発明や修理、制作を手助けする創造力の源なのだ。

もちろん、デザインを民主化しようという考えは、当初からニ・ダルチャオインティにとって重要なポイントだった。その魅力的な形状や感触、茶目っ気あふれる製品名(アイルランド語で“play”を意味する言葉からインスパイアされた)からも、それは見て取れる。〈スグルー〉を買うだけで、新しいSNSの使い方をアップデートしているクリエイターの仲間入りをした気分になれるだろう。今までで一番人気があったのは、ボロボロになった充電器のケーブルの直し方。そうしたユニークなアイデアは、他の消費者に知恵を与えるだけでなく、ニ・ダルチャオインティや、彼女のチームをも日々鼓舞している。この優れた粘着ゴムは、ロンドンはハックニーにある彼らの会社から、未来の修理屋、そしてメーカーに向けて送り出されているのだ。その送り先は実に170カ国。いまだ増え続けている。

補修1000万件突破、おめでとうございます。すごい数ですね。

想像するのは難しいけど、ちょっとしたアイデアがここまでになったっていうのはすごいことね。送られてきたストーリーを見ているから、少しは想像できるけど。例えば、子供のランチボックス、自転車、自動車の部品、靴、冷蔵庫、そのほかにもいろんなものが修理できていることを。そして、私たちはまだスタート地点に立ったばかり。もし誰かに「〈スグルー〉って知ってる?」って聞いたら、ほとんどの人は「それ何?」って聞き返すでしょうね。それに、この製品にはもっとエシカルで思慮のある関係性が必要だと思っているわ。私たちはこの手で動かせるムーヴメントの一翼を担っていると感じているから。修理という概念を大きく飛び越えて、『グレート・ブリティッシュ・ベイク・オフ[訳注:BBCで放送されている料理の腕を競う参加型番組]』みたいなものさえもその中に入るようなムーヴメントよ。私たちには「ものをつくりたい、手を使って学びたい」っていう内なる声がいつもある。特に1日中パソコンの前にいた日なんかね。

農場で育つというのはどういう感じでしたか? そこではモノは捨てるのではなく修理するのですよね。そしてそれが、あなたの最初のアイデアのヒントになった。

当時は、農場で育つことがそんなに特別なことだなんて思いもしなかったわ。でもデザインを始めた頃のことを考えると、確かにズレがあるなって感じていた。新しいものがほしいと思わせるだけの文化を後押しする必要があるのかしらって。どっちにしろ、そういう文化って廃れ始めてきてたし。金儲け主義の権力者によって編み出された流行とか消費サイクルは、そこから発生したものよ。そして私が自分の力を注ぎたい場所は、そこじゃなかった。

だから、いちデザイナーとして私はこう考えたの。「デザインの力をどうやって役立てることができるかしら?」 人のためにデザインをつくるということじゃなくて、どうやったらデザインを、みんながアクセス可能な1つの考え方にできるかということよ。誰もがアイデアを持っているわ。例えば、ちゃんと注げないティーポットがあったとするでしょう。大体の人が「うーん、注ぎ口がもっと尖っていたら、こんなふうにはならないはずだけど」って思うわよね。そんなアイデアが、便利で楽しく使えるモノを生み出すきっかけになるのよ。誰だってちょっとした改善を試みることはできるわ。

私たちがただ生きるためだけに何千年もモノをつくり続けてきたのだとしたら、その能力が現代の私たちにも備わっているのは、ごく自然なことよ。

購入者から送られてきた〈スグルー〉の使い方で、一番魅力的だったのはどんなものですか?

平凡に見えるもののほうが、インスピレーションを与えてくれるわ。食洗機を修理するものとか。あれってたくさんお金をつぎ込んで買わなきゃいけないでしょう、だから直るのを見るのは嬉しいわ。あとは、プリンターとか冷蔵庫とか家電とかの、資源をたくさん使ってつくる大物。ああいうものをみんなが修理してまた使うようになれば、無駄なエネルギー使用をぐっと抑えることができると思うの。

あとは人が介在するものも大好き。障がい者や高齢者のご家族による投稿では、ちょっとした工夫で、人がもっと自立した生活を送れるようになるんだということがわかるわ。例えば、車いすを使っている娘さんを持つオンタリオのご家族では、お父さんが〈スグルー〉を使ってエレベーターのボタンを大きくしたの。そしたら、娘さんが1人で庭を行ったり来たりすることができるようになったのよ。とても小さなことだけど、ほんのちょっとの〈スグルー〉と、人の心の中にあるほんのちょっとの優しさ、機知、そして創意工夫が、他の人の生活を向上させたというわけ。

購入したり代わりのものを探すのではなく、修理したり改善したりする。私たちの社会はそういう時代に来たと思いますか?

そうね。もちろん一朝一夕でそうなるわけじゃないけど、20年前にリサイクルをしようと思っても、当時そんなことをやっているのはガチンコの環境保全活動家くらいだったわ。でも、今ではもうみんな無意識にやってる。コーラの缶を違う分別ゴミ箱にいれそうになったら、心の中で警報みたいなものが鳴っちゃうでしょ。無駄な廃棄に関しては、まだ始まったばかりだと思う。最初のポイントは、みんながそれに気づくこと。そしたら、その次はモノの修理にやる気と自信を持つことね。そうすれば、みんなが自然に目の前の不便を解決するようになるんじゃないかしら。妥協して生活するんじゃなくてね。

自分たちの知性を誰もが過小評価していると思いますか? 私たちには、触っただけでどうやって修理したかがわかる、本能のようなものが備わっているのでしょうか?

思うわ。私たちがただ生きるためだけに何千年もモノをつくり続けてきたのだとしたら、その能力が現代の私たちにも備わっているのは、ごく自然なことよ。テクノロジーによって、受け身で体を動かさない生活を無理強いさせられている今こそ、私たちの中に眠るその感覚を再び呼び覚ますときなんじゃないかしら。

Sugru.com

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