更井真理が抱き続ける揺るぎない“女性像”

アーティスト、母、そして1人の女性としての視点から生まれる更井真理の写真。真っ直ぐ前を見つめ、変化を恐れず飛躍を続けるエネルギッシュな彼女の魅力とは。

女性フォトグラファー、更井真理による2作目となる待望の写真集『SPEAK EASY』にもう目を通しただろうか。被写体の個性を写し出し、複雑な現代の様子を切り取ったリアルな世界に心が吸い込まれていく。男女の役割やジェンダーに対する考え、そして人間の本質をとことん探求し、常に写真や被写体と真っ直ぐ向き合う彼女から生まれた写真集だ。彼女の作品はヌードだけではない。そこには、時代背景や人間が生んだ歪み、そして何より人間の魅力が写されている。

彼女が写真と出会ったのはLAだった。奈良出身の彼女は、地元を出たかったと話す。「最初は父からのサポートを受け、英語を学ぶためにサンタモニカ大学へ行きました。ロスで出会った、当時憧れだった人が自称映画監督だったんです。彼が私にオリンパスの一眼レフをくれて。“写真を撮りなよ。こっちの世界こいよ”っていう彼の言葉が写真を撮り始めたきっかけです」。無意識にも写真への情熱を、常に周囲に感じさせる彼女の口から出たきっかけは、あまりにも意外だった。「サンタモニカ大学は写真学科が有名だったので、とりあえずそのコースを受講してみました。結構楽しくて、先生も私の写真を褒めてくれて。褒められたことない人生だったので、すごく嬉しかった。そこからどんどん写真の世界にのめり込んでいきました」。まるで導かれるように写真の世界へと足を踏み入れていったのだ

本格的にヌードを撮り始めたのは1作目の写真集『NAKED』のときだというが、それ以前から、人の体に魅力を感じていたという。「学校の課題の1つにヌードがありました。モデルを借りることはできなかったので、友達と撮り合ったりして。たまたま実家に帰ったとき、地元の友達がヌードになってくれたので滝壺で撮りましたね(笑)。ロスのルームメイトもヌードになってくれました。マン・レイ(Man Ray)が大好きだったので、当時は彼の作品を見様見真似で撮っていました。エロではなく、体をリアルに描写しつつその中に自分の表現を加える、シュールなヌードの面白さに気がつきましたね」。その経験が2017年花を開くことになる。

『NAKED』は更井にとって「フォトグラファー人生第1章の締めくくり」だったと話す。「1年半ほどの構想期間を経て完成したので、撮り始めたのは今から8年ほど前ですかね。学生から母になるまでの私にあった、今とは違う、当時の勢いが顕著に表れている作品です。女の子の持つパワーを表現することにこだわっていました。『NAKED』は女の子に捧げる本でした」。その言葉からわかるように『NAKED』にはやんちゃで元気、そして何よりパワーがみなぎる女性がダイナミックに写し出されている。「昔からかっこよくてユーモアがあり、でも隙がある女性が好きでした。単にきれいという理由で、知らないモデルを撮ったりはしません。みんな、私と何らかのきっかけで繋がった人ばかり。その人が持つ何気ない魅力が私の心に触れたので撮っています」。彼女の琴線に触れ、衝動に繋がることは今でも変わらない。「やっぱり、写真を撮るとき、自分の中に女性像を見つけることは大切だと思っています。写真にストーリーや背景を作るには、とても重要。例えば、自分が身にまとう服装ひとつ取っても、自分の中の女性像があるからこそ、自分らしさや個性をきちんと主張できる気がします」。フォトグラファーとして、そして女性として、生き方そのものにも言えることだろう。

それから5年の歳月を経て、今回の『SPEAK EASY』が完成した。そこには女性だけではなく男性も写っている。「この5年間で子供を産み、気持ちにも体にも変化がありました。ロンドンからニューヨークに拠点を移し、いろいろな影響も受けました。女性に限らず、男性やLGBTなど、本当に多くの仲間が増えたことで、すべての人へ向けたメッセージへと変わっていきました」。脳裏に焼きつくモデルたちのナチュラルな表情や自由なポーズ、そして強さが内から滲み出でいる写真たちは見ていて飽きることはない。「『NAKED』のときは、どうにかして女の強さを見せないと! と思っていました。私はあのときから、表情やアクションに出さなくても、強さは表現できるということを学びました。内面にある強さを十分引き出せれば、表情やポーズはあえてカッコよくする必要もないんですよね」。 今回の彼女の作品を改めて見てみると、モデルのメイクやポージング、そして表情はいたって自然。だからこそ、被写体の内からみなぎるパワーがストレートに見る人を魅了する。彼女は新たな表現方法を手に入れていたのだ。そして女性だけに限らず、幅広いジェンダーを撮り収めたきっかけについては、「『NAKED』を撮ったあとに、ゲイの友達に“このままのスタイルで男も撮れるよ”って言ってもらって。男性の体に興味があったわけではなかったけれど、チャレンジの1つとして撮り始めました。自分の表現ができる写真としてうまく収まってくれましたね」と明かす。きっと彼女が追求してきた“女性像”は今や“人間像”へと幅を広げているだろう。素敵な人に性別は関係ない。彼女の写真には不思議と性的ないやらしさがない。不快感を抱くことも、躊躇することなくまっすぐと見ることができる。写っているのは1人1人の持つ個性を魅力として捉えた人間そのもの。「服も含め、マスクを剥ぎ取った人間には、何が映るのかというのがコンセプトでした。本当はもっと早く写真集を出したかったのですが、ジェンダーがなくなりつつある今のファッションの動きもあり、結果的にいいタイミングで出せたのではないかな」。写真はその時代背景を映し出すものだ。彼女の写真もいつだってそうなのだ。

1999年に東京でフォトグラファーとして活動を開始し、2005年からロンドン、そして2014年にはニューヨークへと拠点を移した。「19歳の時にロスへと足が向いたのも海外が好きだったから。その後、日本で活動していたけれど、日本を出たい気持ちもありました。海外には刺激がたくさんあったから」と、ずっと海外に意識は向いていたのだ。異国の地に飛び込み、パワフルに活躍の場を広げる。順風満帆に思えるが、その道のりは決して平坦ではなかった。「お金に苦労したこともありました。ロンドンでは、撮れば撮るだけお金が必要。スタジオを借りて、現像をして、ケータリングだっている。エディトリアルはタダなのでお金にならないんです。それに、英語は第二ヶ国語なので、日本語のように言葉巧みに話すこともできず、コミュニケーションで苦労したことも。やはりクライアントやスタイリストとのコミュニケーションでは言語の力がなさすぎて、伝えたいこともままならないまま、不満を抱えつつ撮影終了になり悔しかったことも多々ある。でもモデルとのコミュニケーション自体は、専門的なスキルもいらないので、私とモデルの共通点を見つけることができるかがポイント。それさえ見つけることができれば、友達になるのは簡単。私はそれが得意な方だと思います」。彼女の才能とも言える空気を掴む速さには心底驚かされる。「被写体の個性を引き出すのは得意な方です。興味がある人には飛び込んでいく。向こうが心を開いてくれるかどうかだけど、少しでも開いてくれたら迷わず飛び込みます」。人が好きな彼女の大胆かつオープンな性格と撮影スタイルは人々の心の鍵を開ける。それが最も表れているのが、彼女が撮るヌード。他人には見せられない仮面を、人は必ず持っている。しかし彼女の前では不思議とそれを外せるのだ。「雰囲気を嗅ぎつけることがあります。私と似た人か? それとも真逆か? と嗅ぎわける。撮る人を自分なりに感じ取り、解釈しているつもりです。そういう、自分で感じる人の香りのようなものが役立ち、いい写真が撮れるときもありますね」。直感的に感じるものも大切にしている。

写真のスタイルにも流行りはある。耐えず変化を続けるトレンドの壁にも直面してきた。「私は好きなテイストを突き詰めて、自分のオリジナルを作り、色がある人が好きです。もちろん、時代は流れています。リタッチが増え無難にきれいなカタログ的コマーシャル写真が注目されはじめたころ、私の写真のテイストは“干された”という感じでした。写真の方向性を考えなきゃと思い、ライティングの勉強もし、いろいろと撮ってみました。でも、やっぱりそれは私じゃないと思い、頑なに自分のスタイルを貫くことを決心しました。あのときは、世界から置いてきぼりになったような感覚で苦しかったけど、でも世代は移りゆくもの。最近ではハーレー・ウィアー(Harley Weir)など、アートな写真が注目されるようになり、カルバン・クラインの広告もウィリー・ヴァンダピエール(Willy Vanderperre)が手がけ、ガラっと印象が変わりましたよね。私は自分の写真に合う世代が来ると信じて変えない強さを手に入れました。商業的なフォトグラファーではなく、アーティストになりたいから。とても悩まされましたが、トレンドの壁からは抜け出せたような気がします」。いろいろな経験が彼女を強くし、彼女は自分で自分を切り開いていく。「自分らしくなかったり、100%だと思えない写真に、クライアントからリピートは来ません。でも自分を信じ、一生懸命になったものに関してはみんなリピートしてくれる。私は自分の信じたカテゴリーで生きていきたいタイプの人間です。いろいろなことを器用にこなせるフォトグラファーはもちろん素晴らしい。ただ、私はそういうタイプではないんですよね」。

今回の写真集は決して彼女のフォトグラファー人生の集大成ではない。「ロンドンでの撮影は、ディレクターは具体的なポイントを提言せず、理屈は多いけれど、“なんか違う”と曖昧なんですね。だから、自分で考えて答えを導き出す必要があります。とても多くのことを学びました」とロンドンで得たものを語る。「ニューヨークでは、ダイレクトにズバリと指摘されます。例えば某の有名クリエイティブディレクターはすべての撮影に対して、どのフォトグラファーにも細かく指示を出します。1〜2カット撮ったら彼にメールで送るんですけど、“この写真は僕の雑誌には載せられない”、“バックグランドを考えて”、“ライティングを変えて”、“違うシチュエーションを作って”、“この部屋はダメだ”、“もっと考えなさい”って毎回ダイレクトに言われ苦戦します。東京やロンドンとは違うアプローチなので、今もまだまだ修行中って感じです。チームみんなで彼の声に応えないとその日を終われないので必死に戦っています。でも、その日の最後にはいつもとてもいい写真が撮れているんですよ。撮影の後はご飯も喉に通らず、お風呂はいって寝るだけなんです。打ち上げをする体力はもちろん残っていない。それくらい完全燃焼しています」。全力でぶつかっている。真っ向に向き合い決して妥協をしない彼女の強さと常にベストを尽くすプロ根性がひしひしと伝わってくる。「一番伸びしろが見つかったのは ニューヨークかも。まだまだもっと伸ばしていたいと思っています。私は自分の女性像がしっかりしているけど、そこにこだわりすぎる必要なないんです。私の知らない世界をもっと膨らまして表現したい。その可能性が今見えている気がします。もっと上手くなりたいというか、もっと違う表現方法を取得しつつ、だけどやっぱりベースには更井真理っぽさを出したいですね。大変だけど、楽しい! 今、楽しいんです」。どこまでもポジティブで、探究心は衰えを知らない。

「写真集を出すことができたのは、ロンドンとニューヨークにいたからです。東京にいたときは忙しかったから、あの状況では写真集を作る時間はなかったと思います。ロンドンでいろいろ悩まされ、一歩引いて、また前進しての繰り返しで撮り続け、じっくりと時間をかけて『NAKED』ができました。ニューヨークでまたスタート地点に立ったタイミングで『SPEAK EASY』が完成し、また次の作品への道筋も見えてきました。今やりたいことがあり、写真集をシリーズ化していきてきたいです。それにもっと世界で個展も開催したいですし、コンペにも作品をエントリーして、賞も欲しいですね」。母として、そして女性フォトグラファーとしてみんなの見本になれるようなアーティストになりたいと話す彼女のベクトルは決して揺るがない。これからも更井真理らしく、そして新たな視点で切り取った世界を世に送り出すことだろう。

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