彼女たちが写真に描くもの

新世代を担う、6人の女性フォトグラファーたち。彼女たちはファッション、アート、広告、そして世界を改めて見直すべく、いま、自分そして女性たちにカメラを向け、自身の世界観を切り取る。

“male gaze (男性の目線)”という言葉をご存知だろうか。1975年、フェミニスト批評家ローラ・マルヴィーによって作られた表現である。そして大抵の人が、この“male gaze”に触れているはずだ。そう、男性のために作られた映画、写真、あるいはテレビ番組などを通してである。

ところが今、その流れは変わりつつある。インターネットやカメラの普及、自撮り用カメラの登場により(アップル社のおかげだ)、私たちは日々、女性たちが撮る写真を目にするようになってきた。ここ5年、女性フォトグラファーたちは女性(自分たちも含め)を被写体にした写真で人々の注目を集め、かつてないほど芸術の世界で旋風を巻き起こしている。これこそが、ジャーナリスト、シャーロット・ジャンセンの新作本『Girl on Girl』のメインテーマである。その中でジャンセンは、17カ国40人のアーティストにインタビューしている。女性推進のプロジェクトでありながら、必ずしもフェミニズムについてというわけではない。「『あなたは男性だから、あなたの作品はマスキュリニティ(男性らしさ)について評するものだ』なんて、誰も言わないでしょ。」ジャンセンは言う。「でも、女性としてその疑問から始めていかなくてはといったところかしら。大抵の女性は『勿論、私はフェミニスト(男女同権主義者)よ。』って言うわよね。でも、私のやっていること全てが、フェミニストについてっていうわけではないわ。」

つまりこの本は単に「女性のフォトグラフィー」というだけではない(ジャンセン曰く、そんなものは存在しないということだが)。これらの女性たちに対するメディアの描き方に関して、問題を提起し挑戦するものである。

茂木モニカ(Monika Mogi)

驚くほど美しい写真にあふれる『Girl on Girl』。しかしジャンセンによると、女性と男性の間では、被写体の撮り方や描き方に明らかな違いがあるという。例えば日本人フォトグラファー、茂木モニカ。彼女の写真は一見、いかにもファッション雑誌から出てきたように華やかなに見える。しかしよく見てみると、モデルたちの体型はそれぞれで、また表情も微笑むだけではなく、本当に笑っていたりして、様々なモデルが使われているのが分かる。「日本で主流の広告は、女性を力づけるようなものではないわ。」茂木は本の中でこう語っている。「キャスティングに関して、あまり考えられていないような感じ。彼らは単に『可愛い』女の子だけを探すの。何か伝えたいことがあって、自分の信じるもののために恐れずに立ち上がるような、そんな女の子を私は探しているわ。」これまでの理想美をさりげなく覆す茂木。皆が思う可愛いファッション写真ではない、彼女ならではの写真。それは楽しくて、純真無垢で、素晴らしい温かみが滲み出ている。ジャンセンは言う。「茂木と彼女が撮る被写体の間には、絆が見えるの。これらの女の子たちは、ただの被写体や性的対象ではないわ。」

ナケヤ・ブラウン(Nakeya Brown)

黒髪が持つ複雑性と政治性を追い求める27歳のブラウン。彼女はこれまでに「The Refutation of “Good” Hair(良い髪への反論)」「Hair Stories Untold(語られない髪の話)」「If Nostalgia Were Colored Brown(もしノスタルジアが有色人種に染められていたなら)」というテーマで、3度の展覧会を開き、その中でアイデンティティ、身体イメージ、そしてフェミニズムといったトピックを織り交ぜている。「ブラウンは、どのようにして歴史が私たちのアイデンティティを作り上げているのか、そしてそれが芸術や音楽、ファッション、あるいは、日頃の家でのセルフケアといったものまで、これら全てにどのように影響してきたのかについて語っているわ。」とジャンセンは言う。「身の回りから受け継ぐものの影響力って、ものすごく大きいのよ。」20世紀に変わる頃、黒人女性の間には、美やステータス、富を手に入れるため、ストレートヘアが極めて重要だという思想が根付いていた、そうブラウンは言う。スリランカ生まれでイギリス人の父母がいたジャンセンにとって、そのことは十分すぎるほど分かっていた。「私はずっと、なめらかで美しくてブロンドのストレートヘア―の女の子たちを見てきたわ。自分の髪の毛は縮れ毛で、変なタテガミみたいだったからね。同じ悩みを持たない母には、これをどうしたらいいのかとか教えられないのよ」。ブラウンは、ブラックビューティーにおける形式や美学を紐解くことで、深く根付いたイデオロギーを覆している。彼女が撮る写真は、黒人女性たちにとって、明白な共鳴を唱えてくれるものだ。その一方、開放的で、女性らしさを追い求めながら、全ての女性に対する見方というテーマに取り組んでいる。

ザネレ・ムホリ(Zanele Muholi)

もし南アフリカで、同性婚が合法、かつ反差別的な法律が存在する、そんなホモセクシュアリティーに対してリベラルな国だったら――。多くのLGBTIコミュニティーにとって、安全は存在しない。ゲイやレズビアンに対するヘイトクライムは、今でも当たり前。また、この国の2人に1人の女性が生涯で1度はレイプの被害に遭うという。そういった敵対行為や政治的混乱が、ムホリの作品の原動力だ。さらに彼女は、自分の居場所を切り開く、初の黒人・南アフリカ人の同性愛者として、自分自身と国の現状に立ち向かっている。「恐ろしい性的暴力やレイプで知られるような場所で、これらの写真を収めるため、黒人女性の彼女が乗り越えなければならないものは、すさまじいものだ」とジャンセンは言う。これまでで最も知られる彼女の作品「Faces and Phases」には、南アフリカのレズビアン・コミュニティのポートレートが200枚以上納められている。「以前には、南アフリカもどこの国のメディアにも、このような写真は存在しなかったわ。ムホリは写真を通して、今まで無視されてきたこういった人々や彼らのストーリーを、皆に見せているの。彼女が世界を変える、私は心からそう思っているわ」。

メイジー・カズンズ(Maisie Cousins)

『Girl on Girl』の中で、メイジー・カズンズの見出しに添えられた、ある1文が目を引く。「彼女の写真は、今にも香って来るようだ」。何とも力強い1文だが、まさにその通りなのである。24歳のカズンズが撮る色鮮やかで、まったく飾らない写真を一目見れば、そこから目を離すことが出来ない。カズンズの作品は、大抵のフォトグラファーが画像修正で消してしまうような女性の形を称賛し、女性らしさを再定義している。そしてそのプロセスの中で、完璧という理想を覆している。彼女は学生の頃、つらい時期を過ごした。ジャンセン曰く、それは皆が単に、彼女のやっていることを理解できなかったからだという。家庭教師たちにも全く相手にされず、彼女の作品は理解してもらえる枠組みがなかったのだ。だがこの時期を通じ、彼女は徐々に2つの人生を築いていった。現実世界では、高校中退。そしてネットの世界では、見事に花開いたデジタル・フォトグラファーだ。私たちは、女性の撮る写真が持つ可能性や在り方について、未だに狭い考えにとらわれていることを、彼女が証明してくれている。「ジュノ・カリプソ(本に登場する、もう1人の女性フォトグラファー)と同じね。彼女はいつもシンディー・シャーマンを引き合いに出されては、自身の作品や模倣について聞かれていた。まるで、複数の女性が同じタイプのことをやるのはダメみたいなね。なのに、テリー・リチャードソンが撮るような写真は山ほどあっても、誰も疑問に思わないなんて。そんなのおかしいと思うわ」。

マイヤン・トレダーノ(Mayan Toledano)

マイヤン・トレダーノの作品は、最初ジャンセンの怒りを買ったのだとか。特に1枚の写真が際立っていた。そこには、「フェミニスト」と書かれた白い無地の下着だけを身に着けて、うつぶせに横たわる女性が写っていた。「マヤ・フュールやペトロ・コリンズ、トレダーノといった子たちが、みんなこぞってメディアに取り上げられるの。これが女性のイメージとして、私たちに返ってくると思うとイライラしたわ。これが女性フォトグラファーのやること?これが私たちの世代が写すものなの?ってね」。そうジャンセンは反論した。しかし彼女は、本の作業が進むにつれ、これらの若いフォトグラファーたちと関わっていかなくてはと思ったという。「私は、フェミニストを謳うその下着を、不十分ながらも解放へと向けた、非常に重要なプロセスの出発点として、捉えるようになった」。そうジャンセンは綴っている。トレダーノはかつて、真面目な子に見られるためにもするなと教えられた、いわば「女の子らしい遊び心」を改めて受け入れようとしている。その中で、彼女の作品は、ロリポップやヘアシュシュ、ダンガリーといった超フェミニン的なイメージを進化させているのだ。ぼんやりと夢を見ているような、そんな色合いに写真を加工することで、インスタグラム世代にとってのフェミニズムを再構築するトレダーノは、今9万人以上のフォロワーを抱える。「彼女は自分の作品を中心に、巨大なコミュニティーを作り上げているわ」。ジャンセンは言う。「私たち世代の著名なアーティストたちよりも、ずっと大きいコミュニティーよ。だから私は、それを見過ごしたくなかったの。それに、うわべだけのものって決め付けたくなかった。だって、あまりにもパワフルなんだもの」。

ディアナ・テンプルトン(Deanna Templeton)

アメリカのストリート・フォトグラファーの第一人者、ディアナ・テンプルトンは、この20年、カリフォルニアの10代の若者たちのサブカルチャーを追ってきた。シリーズ「Scratch Your Name on My Arm」では、南カリフォルニアの若い女の子たちを、5年かけて記録している。彼女は本の中で、ジャンセンにこう語っている。「多くの若い女の子たちが、私に思い出させてくれるの。自分が若かった頃のこととか、どんな自分に憧れていたのか、とか。私が撮る女性には、2つのタイプがいるわ。1つは理想。もしくは、自分が理想だと思ったものね。そして、自分が現実として受けとめたもの。これらは、どちらも本当に美しいものよ。今は自分に満足してるし、完全に受け入れているけど、若い頃はそうは思えなかった。自分を受け入れられなかったわ」。こういった繊細なテーマや、写真を読み取っていくことこそ、ジャンセンがこれから先見たいと思っているものだ。「もし私たちが、受け身の女性や美の対象、性的願望として撮られた女性の写真を常に見せられたら、当然の女性に対する見方は、その影響を受けるわ」。彼女は言う。「この本が世界を変えるというわけではない。でも皆がこれを読んで、自らが持つ偏見に立ち向かってくれたらいいなって思う。そして次、女性の写真を目にしたときは、きっと自分の反応を確認してみたり、少しでもその写真を長く見るようになるんじゃないかしら」。

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